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弁護士は労働者の味方?使用者の味方?

弁護士として労働問題を仕事の柱にしていると話すと、「労働者側ですか? それとも使用者側ですか?」と聞く方がいらっしゃいます。
この質問に対する答えは、一言でいえば、「労働者の味方になることもあるし、使用者の味方になることもある。」ということになります。でも、これだけで終わってはつまらないので、ちょっと詳しい事案を挙げながら説明したいと思います。

 

以下に挙げる事案は、全く私の創作です。しかし、似たようなことは、少なからず起こっていると思います。

 

<事例>

Aさんは、今年65歳。東北地方の出身で、中学卒業と同時に東京にある機械加工工場に勤め始めた。いわゆる集団就職の最後の世代だ。
就職後、何度か職場は変わったが、機械加工一筋で腕を磨き、バブルの真っ最中の平成元年に独立して有限会社の社長になった。バブル崩壊後は経営が大変な状態がずっと続いているが、実直な人柄と確かな腕で、これまで会社を維持してきた。

 

 

Bさんは今年30歳。高校を卒業して、飲食店を多く経営している会社に正社員で就職して接客係をしていたが、多くの人と接することが好きになれず、3年で辞めた。辞めた後は、雇用保険を受給しながら職業訓練校で機械加工を学び、訓練終了後、町工場に就職した。

 

最初に就職した工場では、基本給は手取りで約16万円。毎日2時間ぐらい残業していたのに、残業手当は一切出なかった。1年ほど我慢したが、とうとう我慢しきれず、訓練校時代の友達に紹介された、一般労働組合(企業別ではなく、いろいろな会社の労働者が加入している労働組合)に加入した。
労働組合の団体交渉で、未払いの残業手当を受け取ったが、その時に労働組合から請求された金額が高く、現在は労働組合の活動には参加していない。ただ、この時に、組合の人からいろいろと教えてもらい、どうすれば未払い残業代などを多く取れるのかを学んだ。

 

3年前、BさんはAさんの工場に就職した。その時は、従業員が一人いたが、すぐに辞めてしまった。面接の際、Aさんから、基本給は税込みで22万円といわれた。残業はあまりないと思うが、残業が発生した場合には割増手当を払うと言われた。
しかし、Bさんは、「残業手当の計算も大変でしょうし、自分も、毎月の収入が安定していた方がいいので、残業手当込みで、もう少し高い金額にしてくれませんか?」と言った。
結局、給与は、残業手当も込みで25万円ということになった。もっとも、給与明細では、「基本給 25万円」と記載されており、残業代を含んでいることは読み取れない。ちなみに、給与明細は、文房具店で売っている用紙に手書きで記入したものだ。また、Aさんの会社には就業規則はない。


入社して初めのころは、Bさんは真面目に働いていた。旋盤の技術は、入社前にBさんから聞いていたほどではなく、Aさんは少しがっかりしたが、我慢強くBさんに技術を教えていった。試用期間は一応2ヶ月にしたが、勤務態度にさほど問題は無く、また新たに人を探すのは大変だと思ったAさんは、Bさんを正式に採用した。

 

ところが、試用期間を過ぎた頃から、Bさんは時々会社を抜け出すようになった。どうも、パチンコ屋に行っているようだ。1ヶ月程我慢したが、このまま放置してはいけないと思ったAさんはBさんに注意した。するとBさんは、「仕事があるときは残業してやっているし、残業手当が付く訳でもないんだから、ちょっとぐらい、いいじゃないですか!」と言って怒りだした。Aさんは、言い返したたかったが、このまま喧嘩になってはいけないと思い、その時は言い返さなかった。それでも、その後、会社の受注が少し増えて仕事が増えたこともあり、Bさんが抜け出す回数は少し減った。

 

Bさんを注意してから2ヶ月ほど経ったころ、Bさんから、「最近、仕事が増えて残業も増えているので、給料を30万円にしてくれませんか。」という申し出があった。Aさんは、一挙に5万円も上げるのはどうかと思ったが、受注は順調で、今後の受注見込みも悪くなかったので、Aさんはこの申し出を受け入れ、翌月から、Bさんの給与額を30万円にした。給与明細の記載は、「基本給 30万円」だ。

 

ところが、1年ほど前から、少しずつ受注が減ってきて、現在の受注量は、Aさん一人でも頑張ればこなせるぐらいしかない。また、今後受注量が増える見込みもない。肉体的にも、自分が引退する時期も近づいてきたと思ったAさんは、Bさんに辞めてもらうことにした。Bさんは、Aさんの指導もあって一人前の職人になったし、まだ若いのだから、転職するなら早い方がいいだろうという気持ちもあった。

 

従業員に辞めてもらうときには、1ヶ月分の給与を支払わなければいけないということは、誰かから聞いていたので、Bさんには、事情を話し、30万円を支払うから辞めて欲しいという話をすることにした。健康保険と厚生年金は保険料が高いので入っていなかったが、雇用保険には入っていたので、失業手当ももらえるはずだ。
Bさんに話すと、30万円ではなくもっと欲しいと言っていたが、お金がないので勘弁して欲しいという話をして、30万円で勘弁してもらった。Bさんは、もうAさんと一緒に仕事をする気はしないので、明日から来ないと言って、実際に来なくなった。次の給料日に、未払いの賃金と、それとは別に30万円を振り込むつもりだ。雇用保険の手続も早くしてくれと言われていたので、給料日の翌日にハローワークに行って、職員に教えてもらいながら書類を作成して手続きを終え、離職票などをBさんに送った。

 

給料日から1週間後、Bさんから内容証明郵便が届いた。内容証明郵便など受け取るのは初めてだったので、びっくりして中を見ると、未払いの残業手当、約200万円を1週間以内に支払えという内容だった。タイムカードは使っていなかったので、なぜ金額の計算ができたのか不思議に思ったが、よく読むと、Bさんは、毎日、終業時刻を手帳にメモしていたようだ。
支払わないと、弁護士に相談して裁判を起こすと書いてある。早く支払わないと、利息が付きますよというようなことも書いてあった。利率は、なんと14.6%!

 

こちらも弁護士に相談しないと。そういえば、同業者で、やはり残業手当の請求を受けて、弁護士に解決してもらったという話をしていた人がいた。その人に電話して、その弁護士を紹介してもらおう。

 

さて、事案は以上です。
この後、Aさん、Bさんは、どちらも弁護士に相談することになるのですが、あなたなら、どちらの代理人をやりたいですか。つまり、どちらの味方をしたいですか?

 

上に挙げた事案の中には、いろいろと考えなければいけない問題があります。法律上の問題もありますし、倫理的な問題などもあります。

 

以下は上記事案についての、私なりの回答です。

 

<法律上の問題>
(1)残業手当込みで給与を決めることが許されるのか?
本件では、Aさんが、基本給22万円、残業手当は別に支払うと言っていたのに、Bさんが、計算も大変だろうから、残業手当込みで25万円にして欲しいという申し出をして、Aさんもこれを受け入れています。このように、残業手当込みで給料の額を決めることが許されるのでしょうか?


例外が全く無い訳ではありませんが、本件では、割増賃金の支払い義務を定めた労働基準法37条違反ということになるでしょう。
でも、本件では、AさんとBさんが合意で決めています。これでもダメなのでしょうか?
労働基準法13条は「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。」と定めていますので、本件の合意は無効となる可能性が高いです。

 

それでは、本件では、時間外手当はどのようにして計算されるのでしょう。AさんとBさんの合意では、「残業手当込みで25万円」という合意はされていますが、そのうち、基本給分がいくらで、残業手当分がいくらという合意がされているとは言えません。また、給与明細にも、「基本給 25万円」と記載されています。これらのことから考えると、25万円を基準として、それを月平均所定労働時間で割り、それに1.25をかけた金額が、1時間あたりの割増賃金になります。細かい計算は省きますが、割増賃金の単価は、1800円ちょっとになると思います。

 

(2)手書きのメモが残業時間の証拠になる?
本件ではタイムカードがなく、労働時間を知る手がかりとなるのは、Bさんの手帳のメモだけのようです。このような手書きのメモが、残業時間の証拠となるのでしょうか。
本来、労働時間を把握するのは、使用者であるAさんの義務です。しかし、Aさんはその義務を果たしていません。Bさんのメモの内容が、Aさんの会社の業務の実態と合致しているかどうか(例えば、Aさんの会社の受注の記録をみると、その時期にはほとんど仕事がなかったのに、メモでは残業が続いているなど)という点なども考えなければいけませんが、たとえ手書きのメモであっても、ある程度の証明力はあります。
なお、Bさんが仕事の途中で抜け出していたという点については、その記録が残っているかどうかが大きな問題になりますが、おそらく、残っていない可能性が高いでしょう。となると、会社を抜け出していた時間を差し引くというのは、なかなか難しいと思います。

 

(3)給与額が30万円になったことはどう影響する?
本件では、Bさんの申し出を受けて、給与額を30万円にしています。Aさんとしては、差額の5万円は残業代のつもりだったのでしょうが、その点について、Bさんとの間で明確な合意があるわけではなく、給与明細の記載も「基本給 30万円」と記載されていますから、30万円を基準として割増賃金の単価を算出することになります。実際に計算すると、2200円弱になると思います。

 

(4)割増賃金は、どれだけ遡って請求できる?

 

労働基準法115条は、賃金の請求権の消滅時効期間は5年(災害補償等の請求権は2年)と規定しています。2,020年3月までは、賃金請求権も消滅時効期間は2年だったのですが、民法(債権法)改正によって消滅時効期間が5年に統一されたことを受けて改正されました。Aさんが相談する弁護士は、この時効の援用を勧めるでしょうから、Bさんが遡って請求できるのは5年分です。
Aさんの残業時間が、月平均で40時間弱あったとすると、過去5年分で約500万円になります。

 

(5)利息は?
「賃金の支払の確保等に関する法律」という法律があります。略して、「賃金確保法」とか、「賃確法」とか呼ばれますが、この6条に、未払い賃金についての利息は、退職後は年14.6%で計算できるという規定があります。

 

というわけで、Bさんは、法律的に見ると、特に無理なことを請求しているわけではありません。Bさんの代理人となった弁護士は、ほぼ、Bさんの主張の通りの請求をするでしょう。
しかし、私としては、Bさんの代理人になりたいとは思いません。
なぜなら、Bさんのとった手法は、倫理的に問題があると私は思うからです。給与額を、残業代込みで25万円にして欲しいとBさんが言った時、そして、残業が増えているから30万円にして欲しいとBさんが言った時、Bさんは、25万円や30万円を基準として割増賃金の額を計算するということを十分知っていて、こういう発言をしていると思われます。仕事の途中で抜け出してパチンコ屋に行っていることについて、Aさんから注意された時に言い返していることについても、終業時刻を遅くして、その分の残業手当を請求できるようにしようという意図があったとも考えられます。

 

もちろん、Aさんにも問題はあります。一番の問題は、労働法に関する知識がなさ過ぎること。労働時間管理は使用者の責任であるし、割増賃金の支払い義務もあることは、絶対に知っておかなければならないことです。Aさんは、Bさんから、割増賃金も含めて給与を決めて欲しいという申し出があったからそれに応じたんだと言うでしょうが、既に書いたように、たとえ労使の合意があったとしても、労働基準法の基準の方が優先するということを、Aさんは知っていなければならなかったのです。

 

ちなみに、Aさんの会社は、従業員が10人未満ですから就業規則の作成義務はありませんが、就業規則のある会社であれば、就業規則の基準を下回るような労使の合意も無効です(労働契約法12条)。

 

さらに言えば、既に終わったことではありますが、Bさんに辞めてもらうという判断は正しかったのかどうか、また、解雇予告手当(30万円)の支払いだけでよかったのかどうかも、Aさんの会社の経営状況を考え合わせて検討する必要があるかもしれません。

 

このように、Aさんにも責められるべき点はあります。しかし、私としては、BさんよりAさんの方を助けたいと思います。労働法の寄って立つ理念型としては、労働者は使用者に対して弱い立場に立たされているということになりますが、本件は、必ずしもその理念型のとおりとは言えないと思います。

 

というわけで、私は、使用者側の代理人になることもあります。但し、私が使用者の代理人になる場合、その使用者は中小零細企業であり、かつ、使用者側に同情すべき点がある場合です。

 

ちなみに、使用者にとって、労働者の労働時間を管理することはとても重要なことです。これについては、以前、中小企業の経営者向けの雑誌に特集記事を書いたことがありますし、講演会などでも話します。

 

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